男子大学生の日常

男子大学生の雑記ブログです

近況報告0731:フードバンクのボランティアに参加した

先日、京都のある教会で行っているボランティアの手伝いをした。

フードバンクから食料を教会まで届けてもらい、それをビニールにつめて、教会を訪れた人に配る。事前にフードバンクに申請している人にしか配れないので、名簿があり、そもそも申請した人しか来ない。

僕は大したことはしていないのだが、少しでも貢献できて良かった。

以下、感想2つ

 

①ボランティアの感想

受け取った人はとても嬉しそうに帰っていったので、こちらも意義を感じて嬉しかった。

どういう人が訪れるのか疑問に感じていたが、特徴は見いだせなかった。単身の人もいれば、カップルの人、家族で来た人もいた。また、外国人の方も数名いたのが印象的だった。もし生活に余裕があれば、「フードバンクを調べ→申請し→教会まで取りに来る」というハードルを越えるとは考えにくいので、何かしらの理由で困っている人がほとんどだろう。

僕は、大前提として、人々の生活保障は行政がやるべきことで、無償ボランティアがやるべきことではないと考えている。個人的な過去の体験から、ボランティア・市民社会・コモンズ・コミュニティ等の領域は好きではない。

しかし、今この瞬間、行政の手が届かないところはいつの時代も必ずある。例えば、人が道端で倒れていた時に、彼を助けるのは行政(救急救命士)の仕事だが、だからといって意識を確認したり心肺蘇生やAEDをしないで放っておいて良い理由にはならない(当然これは無償ボランティアだ)。

長期的にその余白は行政によって埋められていくべきだが、制度を変えたりするのは時間がかかるし、その間に今生きてる人が飢え死にして良いことにはならない。

だから、サービスの供給とアドボカシーを両立するという方針しかないと思うし、今回のボランティアは意義があると感じた(といっても、日本の生活保護外国人労働者の生活保障は課題がありすぎるのに制度が変わらないので、イライラしている)。

また、生活保障という観点以外でも、捨てられる食料を減らすことは良いことだ。実際、かなり豪華な内容だった(米やそうめんもあり、全て購入したら1万円くらいになると思われる)ので、逆に言えばこれが捨てられると思うともったいないと思い、もっと普及してほしいと思った。

また、多くの人は、食料を受け取ってすぐ帰ってしまったが、教会に足を踏み入れたのであり、僕たちの姿を見ている。これが、霊的な飢えの渇きへ、救いへ繋がっていけば、この上ない喜びだ。

 

②新しい出会い

ボランティアに関係ないのだが、初めて行く教会、初めて会った人だったので、楽しかった。

なんだかんだ、最近新しいコミュニティに属することがないので、意外と久しぶりの感覚だった。

教会も、僕がいつも行っているところと違い、カジュアルで、楽器も多く置いてあり、海外の教会に近い雰囲気だった。実際、外国人も多く、バイリンガルな教会らしい。若者が多いこと、全国に教会を展開していることも聞いて、自分の教会もそうなってほしいと思った。バランスは難しいところだが、今の自分の教会では、メッセージも含めて、クリスチャン向けの体制が整えられているため、ノンクリスチャンに伝道するというのは難しいと思う。最近はほとんどがクリスチャンホームの中の再生産だろう。以前自分の教会で、「クリスチャンホームを増やすことを目指すべきだ」というクリスチャンの話を聞いた。それはそれ自体で正しいが、ノンクリスチャンで既に生まれている人を諦めているようで憤りを感じた経験がある。

また、年齢が近い学生の人とも話した。神学校に進む予定だということを聞いて、すごいと思った。僕も最近神学を学びたいと思っていて、アリスターマクグラスの『神学のよろこび』からチャレンジしようと思う(『キリスト教神学入門』は無理そう)。